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チベット幻想奇譚

刊 行 2022年4月27日
著者等 ツェリン・ノルブほか (著)、星泉+三浦順子+海老原志穂 (編訳)
出版社 春陽堂書店

作品紹介

チベットの現代作家たちが描く、現実と非現実が交錯する物語を集めました。伝統的な口承文学や、仏教、民間信仰を背景としつつ、いまチベットに住む人々の生活や世界観が描かれた物語の数々は、読む者を摩訶不思議な世界に誘ってくれます。時代も、現実と異界も、生と死も、人間/動物/妖怪・鬼・魔物・神の境界も超える、13の短編を掲載した日本独自のアンソロジーです。

目次

  • まえがき三浦順子
  • Ⅰ まぼろしを見る
  • 人殺しツェリン・ノルブ / 海老原志穂 訳
  • カタカタカタツェラン・トンドゥプ / 海老原志穂 訳
  • 三代の夢タクブンジャ / 星泉 訳
  • 赤髪の怨霊リクデン・ジャンツォ / 星泉 訳
  • 解説海老原志穂
  • Ⅱ 異界/境界を超える
  • 屍鬼物語・銃ペマ・ツェテン / 星泉 訳
  • 閻魔への訴えエ・ニマ・ツェリン / 三浦順子 訳
  • 犬になった男エ・ニマ・ツェリン / 三浦順子 訳
  • 羊のひとりごとランダ / 星泉 訳
  • 一九八六年の雨合羽ゴメ・ツェラン・タシ / 星泉 訳
  • 解説三浦順子
  • Ⅲ 現実と非現実のあいだ
  • 神降ろしは悪魔憑きツェラン・トンドゥプ / 海老原志穂 訳
  • 子猫の足跡レーコル / 星泉 訳
  • ごみツェワン・ナムジャ / 星泉 訳
  • 一脚鬼カントランダ / 三浦順子 訳
  • 解説星泉
  • おわりに星泉

著者紹介

ツェリン・ノルブ

ツェリン・ノルブ
1965年、中国チベット自治区ラサに生まれる。中編小説「界」で第5回チベット新世紀文学賞、短編小説「殺手」(本書収録作)で第5回チョモランマ文学芸術賞金賞、短編小説「放生羊」で第5回魯迅文学賞、中編小説「神授」で2011年『民族文学』年度賞をそれぞれ受賞している。初の長編小説『祭語風中』(2015年)は第6回中華優秀出版物賞を受賞している。現在、漢語の老舗文芸誌『西蔵文学』の編集長。
本書収録作タイトル:「人殺し」

ツェラン・トンドゥプ

ツェラン・トンドゥプ
1961年、中国青海省黄南チベット族自治州河南モンゴル族自治県の牧畜村に生まれる。祖先はチベット化したモンゴル人で、民族籍もモンゴル族であるが、母語はチベット語。代表作に長編小説『赤い嵐』、『僕の二人の父さん』など。短編、中編小説も多数。2017年には邦訳作品集『黒狐の谷』(勉誠出版)が出版された。作品は、英語、フランス語、ドイツ語、スウェーデン語、ポルトガル語、モンゴル語にも翻訳されている。
本書収録作タイトル:「カタカタカタ」「神降ろしは悪魔憑き」

タクブンジャ

タクブンジャ
1966年、中国青海省海南チベット族自治州貴南県の牧畜村に生まれる。長編小説に『静かなる草原』、『衰』がある。ダンチャル文学賞など文学賞受賞作品が多数ある。牧畜民にとって身近な存在である犬をテーマとした一連の作品も注目されている。2015年には邦訳作品集『ハバ犬を育てる話』(東京外国語大学出版会)が刊行された。作品は英語、ドイツ語、フランス語、フィンランド語にも翻訳されている。
本書収録作タイトル:「三代の夢」

リクデン・ジャンツォ

リクデン・ジャンツォ
1970年、中国青海省黄南チベット族自治州尖扎県の半農半牧村に生まれる。大学でチベットの伝統文学を専攻。「赤髪の怨霊」は大学在学中の1989年に執筆した作品。2010年に中短編作品集『古村』、2016年に長編小説『円満な虚構』を刊行。また、近年では『ねずみの冒険』など児童文学作品も多く手がけており、アニメ化もされている。2021年に小説「絶望と傷口」でダンチャル文学賞を受賞。
本書収録作タイトル:「赤髪の怨霊」

ペマ・ツェテン

ペマ・ツェテン
1969年、中国青海省海南チベット族自治州貴徳県の半農半牧村に生まれる。チベット語と中国語の二言語で創作を行う小説家であり、またチベット語母語映画の創始者とされ、数々の国際映画祭で受賞歴のある映画監督でもある。小説もフランス、韓国、アメリカを始め世界各国で翻訳されている。2013年には『ティメー・クンデンを探して』(勉誠出版)、2020年には『風船』(春陽堂書店)の二つの邦訳作品集が刊行されている。
本書収録作タイトル:「屍鬼物語・銃」

エ・ニマ・ツェリン

エ・ニマ・ツェリン
1981年、中国チベット自治区山南市チュスム県に生まれる。テレビ局で翻訳に従事した経験があり、これまでに小説、作詞、脚本、テレビドラマなどの作品を数多く手がけたことがある。作品集に『石と生命』『百年の予言』など。チット新時代文学賞、民族文学年末小説賞、ヤルルン文学賞など受賞多数。エバツァン民族文化伝播有限公司を運営する実業家でもある。
本書収録作タイトル:「閻魔への訴え」「犬になった男」

ランダ

ランダ
1964年、中国青海省海南チベット族自治州同徳県の農村に生まれる。作品集に『雪山の麓の物語』、中編作品集『平凡な生活』、歴史長編小説『トンミ・サンボータ』、長編詩小説『虹色に彩られた愛』などがある。特にチベット人読者に特に人気のある作品として、短編小説「猫物語」、中編小説「岩窟男と商人たち」がある。ダンチャル文学賞ほか受賞多数。『蔵族民俗文化』編集部勤務。
本書収録作タイトル:「羊のひとりごと」「一脚鬼カント」

ゴメ・ツェラン・タシ

ゴメ・ツェラン・タシ
1979年、中国青海省海南チベット族自治州貴徳県の半農半牧村に生まれる。西寧の新聞社勤務のかたわら、詩人、小説家として活躍している。著書に長編小説『下弦の月』、短編小説集『もしも鳥だったら』などがある。詩人としてのペンネームはティ・セムホワ。2000年代にキャプチェン・デトルらとともに「第三世代」詩人として一世を風靡した。近年は児童文学も多く手がけている。
本書収録作タイトル:「一九八六年の雨合羽」

レーコル

レーコル
1993年、中国チベット自治区チャムド市マルカム県の半農半牧村に生まれる。中央民族大学在学中の2012年から創作を開始し、2015年から『民族文学』『チベット文芸』など文芸誌に作品を掲載している他、灯明文芸ネットにも多数の作品を提供している。2018年には作品集『ゾンビ』を出版。自作を自ら漢語に翻訳し、『西蔵文学』に掲載している。レーコルは「ゼロ」を意味するペンネームである。マルカム県翻訳局勤務。
本書収録作タイトル:「子猫の足跡」

ツェワン・ナムジャ

ツェワン・ナムジャ
1988年、中国青海省海南チベット族自治州貴徳県の牧畜村に生まれる。中央民族大学在学中の2012年に「飲ん兵衛」で文芸誌デビューを果たし、「金持ちの貧乏人」「お待ちしてます」「扉」「壁」「はみ出し者」などの短編小説を次々と発表している。2018年には「ごみ」で第9回ダンチャル文学賞新人賞受賞、2021年には「錠」で第10回ダンチャル文学賞受賞。ラサのテレビ局に勤務しながら執筆活動を続けている。
本書収録作タイトル:「ごみ」

訳者からひとこと

魔物や妖怪の話をきらいな人は少ないんじゃないでしょうか。チベットにも魔物や妖怪の話が大好きな人がたくさんいます。この作品集では、そうした話を聴いて育ったチベットの作家たちが描く物語を集めました。本書を編むきっかけは、訳者らが編集している『チベット文学と映画制作の現在SERNYA』6号で「異界からの呼び声」という巻頭特集を組んだことでした。われわれに比べて異界をはるかに身近に感じているとおぼしきチベット人作家の描く幻想奇譚を読んでみたくなったのです。今回は1960年代から90年代生まれまでの様々な世代の作家の作品を集めました。ユニークな作品ばかりです。お楽しみいただければ幸いです。(星泉)

チベットの説話にはよく地獄めぐりの物語が出てくるのですが、エ・ニマ・ツェリンの「閻魔への訴え」はそうした地獄話の最新バージョン、同じ作家による「犬になった男」はチベット仏教で説かれる輪廻転生話を肉付けして物語化したもの。ランダの「一脚鬼カント」は、チベットのある寒村に発生した一脚鬼騒動と、村人が賢くもそれをいかにして鎮めたのかの一部始終を描いたもの。私自身、お化け話や摩訶不思議話が非常に好物なもので、自分が担当した作品はどれもとても気に入っています。(三浦順子)

現実をずらして見たり、現実とフィクションの境界を行き来する作品が好きです。ツェリン・ノルブの「人殺し」は、たまたま車に乗せた男の復讐の物語を聞いた後にその男のことが頭から離れず、しまいには復讐が果たせたのかどうかを確認するために復讐相手の家まで訪れてしまうという話です。現実とフィクション、自己と他者のみならず、語り手と語られる側の境界さえもずらそうとする著者の文学的な手腕はお見事です。また、最近、個人的関心から、ツェラン・トンドゥプの短編小説を訳しています。そのうち、魔物や幻想に関するものを二作品 (「カタカタカタ」、「神降ろしは悪魔憑き」) を本アンソロジーに収録しました。いずれもツェラン・トンドゥプらしいウィットと風刺がぴりりときいた作品になっています。(海老原志穂)

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