SERNYA
menu
close

2. ジャムの地に流れる時間

ラシャムジャ 著、星泉 訳
2-2-2-2. 主の午前中

焚き上げを終えると、一家の主は他の家族とともに主婦の用意した朝食を楽しむ。ミルク茶を心ゆくまで飲み、さまざまな種類のパンを楽しんだら、外に出て、羊や雌牛、山羊、馬、ラバなどを小屋から出して山へ放牧に行く。もし家族に自分で仕事ができるようになった十代の子供か、十分に成長した男子がいれば、一家の主が家畜追いに行く必要はなく、子供たちがその仕事を担当することになる。仕事一般について述べた際に説明した男性の仕事にあたる農作業と牧畜作業は、主が朝食後に行わなくてはならない。すでに述べた通り、男性の仕事は常にあるとは限らないので、主婦のように家の外へ中へと駆けずり回る必要はなく、(そんなときは)後ろ手を組んでのんびりと村の四つ辻に向かう。そこに集まっている自分と同じあらじたちと一緒に日向ぼっこをしながらさまざまなおしゃべりに興じる。話題はそれぞれが経験した村の内外の出来事を離すこともあれば、時には冗談や軽口、諧謔的な掛け合い〔訳注:タクリに同じ。btagsは結びつけるという意味の動詞で、相手にわざと言いがかりをつける。まじめな話になると笑いが起きないので、ないものをあるようにする言うことで笑を引き起こす。相手をくさすのが必須なので、言われた方は寛大でなくてはいけない。掛け合いが含まれる。強烈なユーモアを含んだ諧謔的な掛け合い。漢族はやらないがギャロンの人たちはやる。グループの対立にする。言語芸術の一種〕などもある。こうして集まったりおしゃべりをしたりする機会は、一家の主にとってはなくてはならないもので、社会的知識を蓄積する方法でもあるのだ。男性たちは新しい知識や、古くからの言い伝え、眼前の暮らしの中の出来事などについて、自分の見解や経験から、会話という形で相互に語り合うものだ。四つ辻で耳にした話題は一家の主が夜の家族が夕食を終えた後にさまざまなおしゃべりに興じているときに、取捨選択した上で伝えるのだ。冬の朝にお日さまがよく照っているときや、午後のお日さまがどっしり構えているとき、M村の四つ辻には壮年の男性たちの大きな笑い声が聞こえてくることがある。

春夏秋の季節には、一家の主たちが山に放牧に向かう後ろ姿を見ることができ、午後には畑を歩き回る音が聞こえるものだが、冬は大型家畜の世話や管理は主婦が少し分担することになる。M村には馬、ラバ、雄牛、種ヤクと雌ゾの交配種フトゥ、種牛と雌ヤクの交配種ゾ、ロバなどの大型家畜のことをチェドという。男性たちはチェドを追って河原に水を飲ませに行く。男性たちはとりわけ馬が好きなので、冬は雄馬に餌をやり、防寒具をかけてやり、厳しい寒さから守る。また、ハサミで馬のたてがみを切る。冬には一家の主が端綱を引いて、河原に水を飲ませにやって来る姿を見ることができる。こんなふうに馬を大事にするのは、まずはロサルのときに行われる競馬に備えるということだが、過去にさかのぼってみれば、M村の馬に乗った先祖たちが、長い歴史のどこかの時点で、馬に乗り、遥か遠くの白茶けた道を駆けてきてこの地にたどりついたという事実と関係があるに違いないのだ。先祖たちの馬を愛する心が、今もなお一家の主たちの血の中に脈々と流れているようだ。

north