SERNYA
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2. ジャムの地に流れる時間

ラシャムジャ 著、星泉 訳
2-2-2-1. 主の朝

一家の主が一日の最初にする仕事は土地神供養の焚き上げである。焚き上げは普段は屋上または中庭にしつらえられた焚き上げ台で行うが、特別な日に当たる場合は、ドンルチャガの在家行者の集会堂に行かなければならない。時にはパリガンまたはセルチェンガン、ガンゲンガンなどの頂で焚き上げを行う。M村では山の頂で焚き上げをすることをガンサンを焚きに行くという。男女の仕事の区分について述べたときにお話したように、一家の主は、一家の中で天の神々を供養したり賞讃したりする仕事を主に担うのであり、焚き上げは、この責任をまっとうするための主立った仕事なのだ。土地神供養の焚き上げは非常に念入りに行わなくてはならない仕事である。自宅で焚き上げをする場合、朝早ければ早いほど縁起が良く、山に焚き上げをしに行く場合も可能な限り早く出かけなければならない。焚き上げを担当する一家の主はまず、顔や手をきれいに洗わなくてはならない。清めることは焚き上げをするための前提条件なのだ。サントゥまたはサンゴンと呼ばれる焚き上げ台で焚き上げ用の火種をつくるのが焚き上げの最初の仕事である。火種をつくるには、乾燥したシャクナゲの枝と乾燥牛糞を準備し、まずシャクナゲの枝に火を点けて火種をつくり、上に乾燥牛糞を置くと燃えはじめる。それが熾火になる前に、上に焚き上げ用の供物を専用の匙で掬ってふりかける。焚き上げ用の供物は、煎り麦とビャクシンの葉、ツァンパなどを混ぜてつくったもので、この供物をつくる仕事は一般には一家の主婦が担う。供物を煎るときはマスクをしなくてはならない。それは供物の中に唾が飛び散って不浄になることを防ぐためである。焚き上げ用の供物はたいていサンクと呼ばれる専用の巾着に入れてある。主が巾着から匙で供物を掬って火に何すくいかふりかけると、焚き上げの煙がもくもくと立ちのぼっていき、煎り麦やビャクシン、ツァンパなどの香りがあたりにひろがる。ちょうどその頃には主婦が淹れるミルク茶もかまどにかけたやかんの中でふつふつと沸いてくる頃だ。主はミルク茶のお初を供物にするため、お玉に少しばかりお茶を入れ、焚き上げに功徳水として注ぎ、残りは東の方の空に向かって撒く。家で焚き上げをする際にはほら貝を吹く習慣はないが、山の上で焚き上げをする際には右巻きの白いほら貝を吹くので、ほら貝の音色が山や谷に響きわたるだろう。

焚き上げ台
焚き上げ台

焚き上げをするときは、焚き上げ供養の文言を唱えて、供養する神に加護を祈願するわけだが、これをM村ではサン・ツ(焚き上げを唱える)という。焚き上げを唱えることは一家の主にとって必要不可欠な能力であり、これを口頭でよどみなく朗誦することが求められるのだ。

われわれが焚き上げ供養の文言から読み取れるのは、毎朝一家の主が焚き上げ供養をするのが出世間神しゅっせけんしんではなく、現世のあらゆる事柄に関わる 神々ないし護法神、土地神、守護神だということである。このように姿の見えない力に対し、一家の生活の苦楽と浮き沈みから守ってくれるよう頼むことが重要なのだ。これは輪廻に留まるか解脱するかでは、解脱することを主眼とし、今生と来世では来世を重視する仏教の考え方とは全く異なり、M村の生活の中で、それにうまく合うように調整した考え方である。これは極めて重要なことで、主が念入りかつ信心深く、目に見えない力に対し、今生の助けを請い、家族全員の今生における幸福が実現するように請い願うとき、宗教が最も高いところからM村のある低いところまで降りてきて、宗教の精髄が最も遠いところからM村の近くまで届くのだ。このような宗教は民間のごく普通の人々が生活の中で選び取った宗教であり、選び取ったこの方法によってM村の人々は代々、生活の困難にもへこたれることなく立ち向かってきたのであり、こうした宗教が人々の生活をしっかりと支える手助けをしてきたのである。

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