こうして一日中、東から西へ向かって七頭の馬を駆って進む太陽が水天の懐に落ちていく〔訳注:chu lhaとは西を表す比喩。東方はdbang lhaという〕と、山で放牧していた大型小型の家畜たちが家畜追いに追われて家に戻ってきて、牛小屋や羊小屋に入れられる。暗くなって遠くが見えなくなる頃には、家族はみんな台所に集まり、一家の主婦が用意する夕食ができあがるのを待つ。M村の人々にとって、夕食はとりわけゆったりと楽しめる食事だ。夕食を終えればあとは寝るだけなので、自然と食事にも期待が高まる。だから一家の主婦も、夕食は特に腕によりをかけて作るものだ。普段の夕食はトゥクパの類いである。トゥクパは満足度の高い食事で、ラクズィのある主婦は様々な種類のトゥクパを作ることができる。
トゥクパは一般に肉と脂肪の具を入れるか入れないかによって二種類に分けることができる。シャトゥク〔肉入りのトゥクパ〕とジェントゥク〔肉なしのトゥクパ〕である。シャトゥクは、まず肉をゆで、さらに細かく切った肉を具として入れ、そのスープで煮たトゥクパである。ジェントゥクは肉も脂肪も入れず、お湯を沸かした中でトゥクパを煮て、そこにニンニクやネギ、そして熱した油を入れてつくるトゥクパだ。晩秋に冬用の保存肉を用意するために屠畜してから、翌年の春になって少し温かくなるまでは、M村の各家庭の肉の保存室に肉があるので、この季節に夕食に出てくるトゥクパはたいていシャトゥクだ。肉と脂肪の入ったトゥクパは寒い時期に体内でエネルギーを出し、寒さに耐える力をもたらしてくる。これに対し、春夏秋は家庭料理に肉のない季節である。たまに秋(の忙しい時)に一家の主が特別に羊を一二頭屠り、秋の収穫で疲れ切った家族に肉を食べさせて元気づけることもあるが、それは特別なことで、普通は春と夏は牛も羊もまだ十分に肥え太っていないために屠るべきではないので、食生活においても肉はなく、夕食にトゥクパをつくるときもジェントゥクをつくることが多い。でもこの時期は山に自生する野葱や果樹園で栽培しているニンニクやネギが採れる時期なので、肉が入っていなくてもたいへんおいしいトゥクパをつくることができる。ジェントゥクに加熱した油を少々入れるとジュッと音がして、あたりにはニンニクのいい香りが拡がり、鼻をくすぐる。
ここで言っておきたいのだが、M村ではトゥクパのことはトゥクパとは言わず、フブと言う。この語に関する言語学者の解釈は、トゥクパは啜って食べるもので、フブというのは啜るときに出る音で、そこからついた名だと説明する。いずれにせよ、主婦は様々な種類のフブをつくることができる。テントゥクあるいはレプトゥクというトゥクパは、少々手がかかるが、家族みんなが大好きなトゥクパである。小麦粉をこねて伸ばし、しばらく寝かせ、それから平らに伸ばして表面に油を少々塗り、包丁で指二本分の幅の細長くに切り分け、ふつふつと沸いた肉のスープに細長く切った麺を(手で)薄く伸ばし、小さく千切って鍋に放り込む。この作業は、家族の人数が少し多い場合はみんなの手を借りる必要がある作業なので、M村では老いも若きもみな、家族と一緒に伸ばして千切り入れる作業をしながらつくり方を覚えて上手になっていく。家族みんなでかまどの上に載せられた大鍋を囲み、テントゥクを千切り入れるのは幸せで穏やかなひと時でもある。テントゥク以外にもフブラン(長いフブ)というものがある。これはまず主婦が小麦粉の生地をこねて麺棒で大きく伸ばしたあと、打ち粉をしながら薄く伸ばしたあと、包丁で半分に切り、それを重ねてからさらに伸ばし、さらに半分に切って重ね、さらに半分に切り、重ねていき、最後に指一本分の幅の、親指と人さし指を伸ばした長さほどのフブランにして、それを肉のスープまたは肉なしのスープに投入して煮る。これ以外のフブとしては、夏にフブキャク〔冷やしフブ〕というものをつくることがある。フブランに比べてもっと細くて長く切った麺を熱湯に投入し(茹で上がったら)、鍋から麺を取り出し、その上に、熱した油を少し注ぎ、麺がくっつかないようにする。皿に盛りつけ、潰したニンニクに少々の水を加えた汁と酢、唐辛子をのせていただく。
ラクズィのある主婦の夕食の料理が一種類だけということはあり得ず、毎晩メニューを変えて家族を喜ばせるだろう。モモ〔蒸し餃子〕の類いは中でも目先を変えるのによい主立った献立である。蒸籠で蒸すモモは、M村ではツォマという。ツォマには、肉を中心として、これに添える具として脂肪とネギなどを入れたシャツォ〔肉のツォマ〕と、大根を中心として、ネギや内臓、肉から溶け出た脂などを入れたラツォ〔大根のツォマ〕、そしてじゃがいもを中心としたヨンツォ〔じゃがいものツォマ〕、ニラを中心としたキツォ〔ニラのツォマ〕がある。これらのツォマは具の違いだけであって、ツォマの皮は小麦粉と水を発酵させてつくったパン種を入れてこねた小麦粉の生地で、蒸すとふっくらとふくらむ。こうした様々な具を入れたツォマは季節の移り変わりに合わせてつくる。自然があつらえてくれるツォマに向いた具材が手に入ったら、そのツォマをたくさんつくるのだ。チュモ〔水餃子〕はお湯でゆでたもので、M村ではペンシという。ペンシの具としては肉と野菜など様々なものを入れる。先に述べたツォマでもペンシでも同じことだが、具に肉を入れるときには肉はひき肉にしなくてはならない。肉を細引きのひき肉にするのは餃子づくりにおける肝心要の仕事であり、重要な作業なのだ。だから、肉をひき肉にする作業をするときは、家族が手伝いに入ることもある。ツォマやペンシを包む作業をするときも、家族が主婦の手伝いをする。家族が生地を伸ばすのを手伝うこともあれば、ツォマを包むのを手伝うこともあるので、この夕食を料理するのは家族みんなが集まって力を合わせる仕事でもある。こうした共同作業の中で、家族はおしゃべりをしたり、愛情を深めたりするのだ。
ラクズィのある主婦の夕食の料理はこればかりではない。すでに述べた料理以外に、(昼食の項ですでに述べた)ニョクの類いでつくり方の異なるものがある。カルニョクとかセンニョクなど、さまざまな種類がある。これらのニョクは蒸しものである。カルニョクは、茶碗の中に小麦粉と油を入れ、少々の水を加え、完全に混ざるまでよくかき混ぜてから蒸籠に入れて蒸したものである。センニョクは豆粉を熱湯に入れてかき混ぜ、煮えたらニンニクやネギを入れて食べるものである。さらに、蒸し料理の一つにカルツォというものがある。これは茶碗の中に細かく挽いたひき肉と水を注ぎ、茶碗を薄く伸ばした小麦粉の生地で蓋をし、蒸籠または茶碗が沈まない程度に水を張った鍋に入れて蒸したものである。カルニョクにしろ、センニョクにしろ、カルツォにしろ、夕食時に出されたら美味しく、また栄養もあり、体が温まり、体力を増進する料理なのだ。
こうするうちに夜の時間は漆黒の闇に包まれていく。一日じゅう慌ただしく働き続けた家族はみな、主婦があつらえた夕食を楽しんだら、村の内外の出来事や家庭で起きた出来事など、さまざまなことを話題にしてしばらくの間おしゃべりに花を咲かせる。その間、主婦はのんびりしている暇はなく、茶碗や鍋を洗わなければならない。こうして夜も更けていく。窓越しに首曲がり星が西の空に傾きかけているのが見え、台所の油灯の灯芯も燃え尽きようとしている。家族はみな床につき、眠りの国に向かおうとしている頃、この家の中ではまだ主婦の影がゆらゆらと揺れている。主婦は翌朝の朝食の準備をしなくてはならないのだ。パン種をこしらえたり、小麦粉の生地を練ったりする仕事をすっかり終えなくてはならないのだ。
朝早起きをして朝食の準備をする一家の主婦は、一日の最後の時間に油灯の灯心でゆらゆらと揺れる火に息を吹きかけて消す人となった。こうして慌ただしい主婦の一日が終わった。この日、主婦は外の仕事に内の仕事をこなし、家庭内の女性の仕事をこなした。忙しい主婦はこの家の母屋を支える梁のようなもので、彼女の繊細かつ堅実な仕事のおかげでこの家では幸せを味わい、噛みしめることができるのだ。彼女の知恵はまさしく賞讃に値するものだ。利他の心による努力は何と誠実なものだろうか。彼女がM村の農牧の仕事で得られた食材を調理し、能力と技術を駆使してさまざまな料理をつくると、それが家族の健康な体のための栄養となるのだ。彼女は指にあかぎれができようとも、額の皺に汗がふきだそうとも、家族が元気で幸せならばそれが一番価値のあることだと考えるのだ。家のそこかしこから、主婦の心地よい笑い声が聞えてくる。