こうして朝の太陽が山の頂を【thag tshadは各家庭にあるthag paの長いものの長さを言う10mくらいが最長。高く登ったことを意味する】上ると、朝食に満足した家族たちが台所から外に出て、一日の仕事を始める。前にも述べた通り、男性の仕事と女性の仕事、外の仕事と内の仕事、公共の仕事と私的な仕事などに取りかかり、それぞれの責任ある仕事をしっかりとこなさなければならない。それらはたいてい畑仕事か放牧の仕事であって、畑に行くものは畑に行き、山に行くものは山に行かなくてはならない。だから、昼間、昼食の前は家は少しがらんとしているものだけれども、山の上の方まで(放牧に)出かけた者は別として、近くの畑に働きに出ていた者たちは家に戻ってきて昼食を食べる。遠くの山に羊の群れを連れて行く者たちは弁当を持って行き、山で弁当を食べて昼食の代わりとする。畑に草取りに行ったり、収穫に行ったり、または耕作に行く者たちが弁当をもって行かなければならないときもあって、時間をやりくり【brtson bsris?】するために昼食時に帰宅しないこともある。そうした弁当を用意するのも一家の主婦で、プラスチック製のポットや魔法瓶にお茶を詰め、パンを持たせて食事の代わりとし、弁当袋に入れて持たせる。
とはいえ、一年の間には家族が集まって一緒に昼食をとらなければならない機会はかなり多いので、一家の主婦が(朝食に続けて)家族全員の昼食の準備をして料理をすることは避けられない仕事だ。昼食は朝食とは異なり、普通はじゃがいもの炒め煮をつくってパンとともに供する。ときには乾いて固くなったゴマルを蒸籠で蒸して供することもある。夏には果樹園に植えてあるネギや白菜、ニラなどの野菜を使って昼食の用意をする。一般にM村の主婦たちは野菜の炒め物はあまり得意ではない〔訳注:中華料理に典型的な炒め物はチベット料理の伝統にない〕。昼食用にじゃがいもを炒める場合も(後から)水を入れるので、結局油で炒めたというよりも煮物のようになってしまうのだ。天候のせいなのか、自然環境のせいなのか(はわからないが)、M村の料理のほとんどは蒸すか煮るか、あるいは油で揚げるものが多く、油で炒める料理は相対的に少ないようだ。例えば主婦たちは、上述の野菜を小麦粉の生地に包んで、熱した鉄鍋に油を少し引いて、両面を焼き、野菜のお焼きを作る。ネギで作ったものはネギのキプといい、ニラで作ったものはニラのキプという。冬、または枯れ草の季節から新芽の季節に移行する春といった野菜類の少ない季節には、主婦たちは油と肉、脂肪、小麦粉、バターなどを使って家族においしい昼食を用意する。(代表的なものに)イニョクとシャプジャの二つがある。これらは小麦粉と油を使って作る料理である。イニョクの作り方は、沸かしたお湯の中に小麦粉と菜種油を投入し、よくかき混ぜながらぐつぐつと煮ると、徐々に加熱によって水分が蒸発し、小麦粉と油が混じり合ってどろりとしたニョクができあがる。シャプジャはイニョクをさらに加熱して少し固めの食感にしたものである。さらにギョンマというものもあって、材料はパン種を少しゆるくして、少量の油を加熱した鉄鍋に流して両面を返しながら焼いたものである。他に、ゴクチュ・ションコというものもある。これはツァンパをこねて(小さな)器を作り、その中にすりつぶしたにんにくを油で熱し、少量のお湯を加えて作ったゴクチュ、すなわちにんにく汁を注いで供するものである。枯れ草の季節から新芽の季節に移行する春には肉も野菜も尽きて、種類の豊富な料理を用意しようにもできないが、ラクズィのある主婦は手に入る食材を使って上述のようなものを作るというわけだ。(一般的な話になるが、)ときには肉と脂肪、バター、さらに小麦粉を使ってタゴル、すなわち灰焼きパンというものを作ることもある。これは午前中に、家屋を取り巻く塀の内側に、羊や牛の崩れた糞、そして干し草のかすなどを積み上げて燃やし、熾火にしてからその中でゴティ〔訳注:具なしのパン〕を焼く。その他(のパンとして)は、小麦粉の生地の中に肉や脂肪、ネギなどを入れたり、あるいはバターを詰めてタゴルという美味しいパンを焼き、家族の昼食として供することもある。
こうして主婦が用意した昼食を楽しんだあと、家族は続けて外の仕事や内の仕事、男性の仕事、女性の仕事、畑仕事や放牧仕事など、それぞれの仕事を再開する。(しばらくすると)頭の真上 にあった太陽も西へ西へと傾いていく。春ならば日が長く夜が短いので、昼食と夕食の間におやつが入ることもあるが、これは常にあるわけではなく、一家の仕事の忙しさにもよる。もし仕事があまりなく、家族がみんな集まっていれば、午後のひとときにおやつを食べることがある。その際、主婦は腕をふるう必要はなく、朝食や昼食の残り物をミルクなしのお茶とともに食べるといったごく簡単なものが供される。