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2. ジャムの地に流れる時間

ラシャムジャ 著、星泉 訳
2-2-1-1. 朝の時間

煙突から煙が立ちのぼるのは、世帯の主婦が朝早起きをして、朝餉のしたくをしている印である。そのことを(M村の)人々はニェダ・ラン〔文字通りには「火の合図のために起きる」〕という。ニェタ・ラン〔文字通りには「灰のために起きる」〕と綴る人もいる。かまどの灰を朝一番に掻き出して(灰捨て場まで)運ばなければならないのでこのように綴るのだという。M村では火起こしは朝早ければ早いほど、よい習慣をもった家の証だと見なされる。それで、M村の主婦の中には、先ほど述べた一番鶏が鳴くのにあわせて起床する者もいれば、二番鶏で起きる者もおり、三番鶏が鳴いてようやく起きる者もいる。村では、火起こしの早い遅いをもって、その女性が働き者で手際のいい女性、すなわちユクのある女性か、怠け者でだらしのない女性、すなわちルマかに峻別されてしまう。朝早くから火起こしをして、家の外の仕事も内の仕事もしっかりてきぱきとこなす女性は仕事にユクのある女性として賞讃の印に親指を立てられるだろう。日が昇りきってからようやく起きてきて、家の外の仕事や内の仕事にも精を出さない女性はルマと呼ばれて軽蔑されかねない。ユクのあるなし、ルマであるなしの競争は、朝の一番早い時間帯に始まっており、どこの家の屋根から一番早く煙が立ちのぼるか、どこの家からはまだ煙が上がっていないかは、朝、火起こしをする主婦たちの目にははっきりと見えているのだ。

火起こしをする主婦は、朝起きるとまずは用を足し、ごく簡単な掃除をしてから、まずはかまどに溜まった前日の灰を掻き出し、家の外にしつらえられた下肥の山あるいは牛小屋に運ばなければならない。帰りがけに燃料糞小屋から火起こしに必要な燃料糞を持ち出し、かまどに投入して火を起す。火を起こすには、まず燃えやすい乾いた植物を使うことが多い。普通は山から採ってきたシャクナゲの枝を乾燥させたものと、キンロバイの枝を乾燥させたもの、または胡麻の茎を乾燥させたもの、枯れ草、木っ端などを入れ、その上に軽いクズ糞をいくつか入れて点火する。火を起こすには、かまどから煙を外に出さないようにすることが重要である。というのも、家族はまだかまどの熱で温めた高床で寝ているので、家族に煙を吸わせるなどしてはルマだと見なされてしまう。だから火を起こす際に、煙をかまど穴から漏らさないように焚きつけるのもまた、ユクのある証なのだ。火が赤々と燃えて、かまどの上に置かれた鍋の底に炎が今にも届こうというとき、鍋には冷たい水が注がれ、お茶を沸かす準備が始まる。

払子
払子

さて、火起こしをする主婦は朝、たいへん忙しい。かまどの上に鍋に冷たい水を注ぎ、かまどの焚き口に牛糞や羊糞などの燃料を弱火を保つようにして入れたら〔主婦は燃料糞を適切に加工して燃焼効率を変える〕、木製の水汲み桶を背負うか、金属製の水汲み桶を天秤棒で担ぐかして、沢の湧き水に水を汲みに行かなければならない。M村の母親たちが娘に語り聞かせる言い伝えに、朝の水汲みに関するものがあって、それは「眠れる川」に関するものだ。言い伝えによれば、朝早く火を起こして、水汲みに行く娘は眠れる川を見ることができるかもしれない、という。眠れる川がいったいどんなものなのか、誰も見たことはないようだが、これを美しい嘘だとしてもよいし、母親たちが娘たちが朝の火起こしのために早起きをするユクを保てるよう励ますための方策だとしても、あり得ないことではない。いずれにせよ、M村の人々は、眠れる川に巡り合ったことのある娘は非常に少ないと思っているし、仮に巡り合ったとすれば、それはすばらしい福徳の持ち主にほかならないと思っているのだ。水を背負って家に返ってきたら、ちょうどかまどの上の鍋の水もすっかり沸いているだろう。主婦は運んできた水を水瓶に注ぐと、食器棚からやかんを取り出し、鍋に沸いているお湯をやかんに入れ、そこに茶葉を放り込んだら、灰の掻き出し口にかまど穴から熱い燃料を掻き出し、その上に(やかんを載せて)お茶を沸かすのだ。お湯を沸かしっぱなしにすることよくないことと見なされており、「お湯の沸かしっぱなしは不吉」という言い習わしがある(ほどで)、沸かしすぎてしまったお湯は雌牛や犬の餌を作るのに使われる。

鉄鍋
鉄鍋

火起こしをする主婦は朝たいへん忙しく、のんびりしている暇もなく立ち働き、朝の仕事をすべてこなさなければならない。家畜に朝の草をやったり、乳牛の搾乳をするといったことは、避けて通ることのできない仕事であり、少しでも遅れをとってはならない。さらに主婦は手際よく家の外と内のゴミを掃き出さなければならない。雪の降る冬の朝であれば、塀際や道の雪かきもする必要がある。

M村の朝食は、「百の歌に同じ旋律」と言われるようにいつも同じだ。主な飲み物はミルク茶かミルクなしのお茶、主な食べ物はパンである。ミルク茶は、お湯を沸かし、やかんに注いだら黒茶〔四川などの茶の産地から運ばれてくる発酵茶を固めた磚茶〕を放り込み、ミルクを注いでこぽこぽと沸かす。家によってはお茶の中に塩を少々入れることもある。M村ではお茶のことは白い汁、カルクという。たまに主婦の発案で特別なミルク茶を沸かすことがあって、それはツァム茶というものだ。言い伝えによれば、ツァム茶はルンの病を落ち着かせるといって、ルン・ティーバ・ペーケンという3つの病のうち、ルンの病を治癒する特別な効力があるのだという。ツァム茶の作り方はたいして複雑なものではなく、まずバターでツァンパを炒め、炒めたツァンパを沸かしたお湯の中に投入し、茶葉を入れ、ミルクを注ぎ、ぐつぐつと沸かし、たっぷり時間をかけて掬っては落とし、掬っては落としてかき混ぜ なくてはならない。だからツァム茶をつくるのは朝忙しい主婦にとっては時間を食う仕事なので、普段はツァム茶はつくらない。たまにツァム茶を沸かすと、まだ寝床にいる家族たちの耳には、お玉でお茶をシャーッ、シャーッとかき混ぜる音が聞こえてきて、ツァム茶のいい香りが台所いっぱいにひろがる。ミルク茶とツァム茶のいずれも、ミルクが主体なので、乳牛が多くないときや、乳牛に子牛が生まれる時期でないときには、朝、ミルク茶を飲むことはお預けになる。そういうときは茶葉をお湯に入れて、ミルクなしのお茶、チャタンを作る。チャタンのことはM村では黒い汁、ナックという。カルクとナックは朝の主な飲み物なのだ。

主な朝食は小麦粉の類だ。M村の畑で収穫され、粉に引いたあと、小麦粉保存箱に入れられた小麦粉である。ときには大麦を煎って煎り麦にし、それを挽いてツァンパにしたものも主食である。小麦粉は主婦の手で、さまざまな食べ物になる。その第一のものは白パン、すなわちゴフキャ、赤パン、すなわちゴマルであり、この二つの総称をM村ではゴリと呼ぶ。

ゴフキャには三種ある。薄焼きパン、ゴティ、チョンドクである。

薄焼きパンには、キャシャプ(素焼きパン)とイシャプ(菜種油入り薄焼きパン) の二種がある。キャシャプは鍋で焼くパンで、鍋に少量の油を引いて加熱し、よくこねて薄く丸く伸ばした小麦粉の生地を広げて置き、火を調節しながら両面を焼き、表面がぱりっとしたら焼き上がりなので、取り出して皿に載せる。イシャプは小麦粉の生地をこねて押し、薄く伸ばしては油を塗って〔これを三回ほど繰り返す〕、さらに香草【詳細不明】も塗り、(成形したら)鍋に少量の油を引いて焼く。イシャプはたいへんおいしいパンなので、朝、一杯のミルク茶とイシャプを食べることができたら、幸せな気持ちになるだろう。

ゴフキャのもう一種は、朝の時間内には作れない、ゴティというパンだ。ゴティは灰焼きにするもので、まずタラクという火床をしつらえ、熾火にし、パン生地を入れた蓋付きの鉄鍋を熾火(の火床)で覆うようにして焼く。こうした鉄鍋のことをクンゴという。たまにタラクにクンゴを仕込むのではなく、土塊を焼き、その中に小麦粉の生地を入れて焼くこともあり、それも灰焼きという。いずれにせよ火床で焼くパンの類いは少し長めに保存でき、皮は固いが中は柔らかく保たれる。このパンもまたさまざまな形がある。

クンゴ
クンゴ
ゴリ・ナチュ〔鼻輪のゴリ〕
ゴリ・ナチュ〔鼻輪のゴリ〕
ゴティ
ゴティ

ゴフキャのもう一つはチョンドクである。これは蒸しパンで、大きな蒸籠を鍋の上に置き、鍋で沸かしたお湯の湯気を当てて蒸したものである。チョンドクにもさまざまな作り方があるが、最も一般的なものは握りこぶしほどの大きさしかなく、ドーム型に成形して蒸籠に並べる。蒸したチョンドクは柔らかく弾力があり、小麦のいい香りがするパンである。

かまどと蒸籠
かまどと蒸籠

ゴリのもう一つの種類がゴマルである。これは特別な機会を使って関連する準備を全て済ませた後にようやく作ることのできるパンだ。前日から準備をしておかなければならない。小麦粉の生地を伸ばしたものを切って細長い形にしたり、短冊形に切った生地の中央に切れ目をいれて端を切れ目の中に通して引っ張り出したものもあれば、あるいは丸い形にしたりする。それから熱した油で揚げる。揚げるときは裏表を何度もひっくり返す。ある時点できつね色になり、柔らかく弾力性のある生地が固くぱりっとしたら、出来上がりである。

ゴフキャであれゴマルであれ、必ずパン種〔訳注:小麦粉と水を混ぜて発酵させてつくる〕を用意する必要がある。パン種をつくることを、キュル・ギョンという。パン種がないと小麦粉の生地が膨らまず、膨らまなければゴリを作ることはできないのだ。

ここまで述べてきた二種に大別したゴリとその内訳の各種のゴリにはもっと詳しいさまざまなつくり方があるが、M村の主婦がみなそれらのつくり方を熟知しているとは限らない。各種のゴリのつくり方を心得ていることと、様々な料理づくりに長けていること、主婦の手でつくる食事がおいしいかどうかといったことは、M村ではラクズィという。ラクズィのある女性は数多くの料理をつくることができ、ラクズィのない女性はごく一般的な料理しかつくり方を知らない。そういうわけなので、ここでは主婦が朝、家族全員のために朝食を用意する様子を紹介するついでに、主なゴリについて紹介するに留め、他の種類のゴリの詳細については、一日の別の時間帯の折に紹介しよう。

朝、主婦はこうして家族全員の朝食を用意しながら、できるだけ手早く台所の中を掃除し、棚や戸棚、(かまどと居間の間仕切り)、かまどの上、鍋や茶碗、魔法瓶、やかんなど、あらゆるものをきれいに磨きあげる。さらにかまどから赤く熱した熾火で施餓鬼供養をするために、専用の小さな器に入れ、その上にツァンパを少量ふりかけ、中庭の壁際に置いておく。そうするとよい香りが(立ちのぼり、)家の内も外もいい香りに包まれる。

かまど穴で火がボーボーと燃える音や、鍋の中でお湯が沸く音、やかんの中でお茶を沸かすシューシューという音、ツァム茶をかき混ぜるシャーッシャーッという音、桶から水瓶に水を流し込む音、ひしゃくとひしゃくが当たる音、それとともに主婦が口ずさむドルマ〔常用経典の一つ〕のメロディ、家の軒下で目覚めた雀たちのチュンチュンという声、戸口では番犬が伸びをして体をぶるんと震わせると、ジャラジャラと鳴る首輪の鎖の音、こうした音がM村の朝の旋律である。こうした音楽が奏でられる中、さらに施餓鬼供養の香ばしい匂いや、ミルク茶の甘い香り、パンの匂いなどが混じり合う。主婦が火起こしのために早起きをして働いた結果が目の前に立ち現れてくる。働き者で手際のよい主婦の仕事のおかげで、このような麗しい朝が、眠りから覚める家族みんなの暮らしの贈物として与えられるのだ。

灰の掻き出し口の火の上に置かれたやかんがシューシューと音を立てている。甘いミルク茶がこぽこぽと沸いている。家族たちが順々に寝床から起き上がり、手洗いと洗顔を済ませ、家族揃って台所に腰を下ろし、主婦の用意した朝食を楽しむ。ところでミルク茶を沸かした最初の一杯は上なる神さまに捧げる。それも起床して屋上で焚き上げをする一家の主がお清めの水の要領で捧げる。これをお茶のお初を捧げるという。お茶のお初を捧げてからようやく家族が年長者から年少者への順で龍紋の茶碗にお茶を注いで飲み、先に述べたパンを食べる。家族の中には、それぞれの好みに応じてツァンパを食べる者もいる。ツァンパの食べ方もさまざまな種類がある。一般的には朝好んで食べられるのは、シャプトゥという食べ方だ。シャプトゥはフトゥマとも呼ばれ、食べ方は少量のツァンパを茶碗の底に振り入れ、さらにバターと干しチーズを入れ、茶殻が入らないようにミルク茶を注いだら、まずミルク茶の表面に息を吹きかけてお茶の表面に浮いたバターを除けながらお茶を啜る。お茶を飲んだら、茶碗の底に溜まったフトゥマをねりまぜながら食べる。かつてはこの食べ方のことを「フトゥマを嘗める」と言っていたことからすると、フトゥマは個体というより液体の食べ物だったということがわかる。シャプトゥのまた別の食べ方としては、ツァンパを練って手で半握りにして食べる習慣がある。これにはこんなことわざがある。「羊とツァンパは端から囲むべし」これはツァンパの練り方を言っているのであって、まずは茶碗の中にバターと干しチーズを入れ、その上にミルク茶を少し注ぐ。そこへツァンパを注ぎ、ミルク茶が多すぎると思ったら、茶碗の端からツァンパの中に指を入れて穴を作り、茶碗の底のミルク茶を啜る。そのあと、茶碗に親指以外のすべての指で、右回りにツァンパとミルク茶、バター、干しチーズが混ざるようにこねていく。食べるときは茶碗の中のツァンパを手で少しずつ握って口にするのだ。

(龍紋の茶碗に盛られた)ツァンパ
(龍紋の茶碗に盛られた)ツァンパ
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