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『ジャムの暮らし――M村民俗誌』とは

チベットの文学や映画には、しばしば山村の暮らしが描かれており、それに心惹かれる人は多いのではないでしょうか。人々の暮らしを成り立たせているのは、山や川、草原といった環境、そしてそこで営まれる牧畜や農耕といった生業です。人々は環境をどのような存在と見なし、日々、どのような生活を送ってきたのでしょうか。それらを知ることは、チベットの文学や映画を深く理解するためにとても重要なことです。

小説家であり研究者でもあるラシャムジャ氏は、2020年、チベット高原東北部に位置する故郷の農牧複合村の暮らしについて詳細に記述した『ジャムの暮らし――M村民俗誌』を上梓しました。この本では、1980年代のチベット高原東北部のとある農牧複合村の暮らしがエスノグラフィーの手法で描き出されています。かっちりとした研究者らしい学術的な筆致と、イメージ喚起力のある小説家らしい筆致の共存したユニークな書きぶりで、1980年代のチベットの山村の記憶を記録した、非常に貴重な作品と言えるでしょう。

本書のタイトルにある「ジャム」とは牧畜と農耕を複合した生活形態を表すもので、東北チベットの農牧複合地帯のアイデンティティーを示す自称ともなっています。チベット語で「穏やかな」という意味を表すこの語がなぜ農牧複合の生活形態を表すようになったかについては著者の考察に任せるとして、チベット高原では、標高の高いところに位置する牧畜専業村であれ、標高の低いところに位置する農耕専業村であれ、その生活で得られた資源のみで生きていくことは難しく、双方の生産資源を物々交換することで暮らしを成り立たせてきました。その間に位置することの多い農牧複合村には牧畜と農耕の知識の両方が流れ込んでおり、その暮らしぶりはたいへん興味深いものです。

本書は、当時中国チベット学研究センター宗教研究所の研究員であったラシャムジャ氏が2018年10月から2019年3月までアジア・アフリカ言語文化研究所の外国人研究員として滞在し、「青海チベットの半農半牧民の言語・文化の研究」というテーマで行った研究の成果です。4部構成のうち、第3部まで日本滞在中に書き上げ、第4部を帰国してから執筆しました。2020年に中国蔵学出版社から刊行されると大きな反響を呼び起こしました。

本書の執筆の動機には、アジア・アフリカ言語文化研究所の共同利用・共同研究課題として実施されてきたチベットの牧畜文化に関する研究と『チベット牧畜文化辞典』の編纂にラシャムジャ氏が大きな刺激を受けたという事実があり、実際に日本滞在中には研究会に何度も参加し、辞典編纂のアドバイザーも務めてくれました。国際的な共同研究から生まれた成果だといっても過言ではないでしょう。 このウェブサイトでは本書の内容を翻訳で紹介していきます。原書は800ページにおよぶ大部なものなので、少しずつ公開していく予定です。2021年にスタートし、月に2回オンラインで開催している翻訳会に、2024年4月からはラシャムジャ氏が参加してくれています。

書誌情報

  • 原題:
    • འཇམ།――Mགྲོང་ཚོའི་རྣམ་བཤད།('jam/ M grong tsho'i rnam bshad/)
    • 嘉木――M村民族志
  • 著者名:
    • ལྷ་བྱསམ་རྒྱལ།(lha byams rgyal)
    • 拉先加
  • 出版社:中国蔵学出版社
  • 発行年月:2020年12月第1版初刷、2021年6月第1版第2刷
  • ISBN:978–7–5211–0293–2
M村民俗誌 表紙画像

著者紹介

ラシャムジャ

1977年、チベットのアムド地方ティカ(中国青海省海南チベット族自治州貴徳県)生まれ。北京の中国チベット学研究センター(中国蔵学研究中心)宗教研究所所長。チベット仏教研究のかたわら、チベット語の小説を雑誌等に発表している。邦訳作品に長編小説『雪を待つ』(勉誠出版)、短編小説集『路上の陽光』(書肆侃侃房)がある。他にもアジア9都市の作家による書き下ろし短編集『絶縁』(小学館)に「穴の中には雪蓮花が咲いている」、『文藝 2024年秋号』の「世界文学は忘却に抵抗する」特集に短編小説「傷痕」を寄稿している。

ラシャムジャ

イラスト

翻訳チーム紹介

星泉(翻訳チーム統括)
東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
岩田啓介
筑波大学人文社会系
海老原志穂
京都大学白眉センター/文学研究科
西田愛
京都大学白眉センター/人文科学研究所
別所裕介
駒澤大学総合教育研究部文化学部門
三浦順子
翻訳家
ジャムヤン(クロスチェック担当)
東京外国語大学大学院博士後期課程
サムジュツォム(クロスチェック担当)
同志社大学大学院博士後期課程

研究プロジェクト

『M村民俗誌』の翻訳は翻訳チームのメンバーが参画している下記の研究プロジェクトの成果です。

  1. 科研費基盤研究(B)「フィールド調査と文献調査に基づくチベット語民俗語彙データベースの構築とその活用」(課題番号20H04480、研究代表者:星泉)
  2. 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所共同利用・共同研究課題「チベット・ヒマラヤ牧畜文化論の構築 ─民俗語彙の体系的比較にもとづいて─」 (2020–2022年度)および

研究助成

本サイト構築にあたっては、以下の研究助成を受けました。ここに記して御礼申し上げます。

お問い合わせ

本サイトの翻訳に関するお問い合わせは下記宛にお願いします。
E-mail: hoshi[at]aa.tufs.ac.jp(星泉) (*[at]を@に変えてください)

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