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チベットの物語を訳すことと描くこと (3)

タイトル

みなさんこんにちは。

この間、蔵西さんの快進撃が続いています。『週刊文春』の2021年4月28日発売号から、新連載『ペルシャの幻術師』が始まりました(コミックナタリーの記事へ。司馬遼太郎のデビュー小説を原作とした13世紀のペルシャを舞台にした歴史物語。蔵西さんの美しい絵でいつもの週刊誌がそこだけ別世界と化しています。ぜひお読みください!(星)

ダブルインタビュー連載第3回は『白い鶴よ、翼を貸しておくれ』と『月と金のシャングリラ』の内容について語ります。引き続きこの3人が聞き手となってお話を伺っていきます。

インタビュアーの3人

◆『白い鶴よ、翼を貸しておくれ』について

E:続いて作品の内容についてお聞きしたいと思います。 まずは『白い鶴よ、翼を貸しておくれ』(以下、『白い鶴よ』)について。 東チベットの中でもまだ宣教師が入っていない、ニャロンという地域に向かったアメリカ人の宣教師の夫婦、そしてその地で生まれた息子のポールが主人公の物語ですね。

:そうですね。なかなか複雑な歴史を扱っているんですが、宣教師の目が入っているのでわかりやすいんです。少なくとも前半は語り手になってくれている。

物語に入りやすい仕組みになっている小説だなあと思いましたね。

チベット文学では今までそういう小説がなかったんですよ。英語で書かれたものでは、ジャムヤン・ノルブの『シャーロックホームズの失われた冒険』もそういう仕立てにはなっていて、他者の目、つまり「ホームズ」を入れる仕組みで、チベットに徐々に入って行く形になっていますが、それくらいですね。

英語圏の人たちになじみのある「シーシュポス」とか「ソドムとゴモラ」みたいなフレーズを挟むなどの工夫もされています。

そういった工夫をしつつ、エンターテインメイントの要素もある、歴史大河ドラマにまとめたのが大変な手腕だなと思います。

また、チベットの外に出た人にしか書けない内容でもあると思いますね。中で暮らしている人には書けることと書けないことがあるので。果たすべき役割を果たしていると感じます。

E:そうなんですよね。

著者のツェワン・イシェ・ペンバさんはチベットで生まれた方ですが、いろんな視点から物語を描かれています。宣教師の視点、地元のチベット人、子供たちの様子、すごく活き活き描かれている。また、解放軍も出てきますが、それに協力する人たちの物語、それに対抗するチベット人たちの物語など、偏りなくまとめあげているのがすごいなと思いました。また、女性もすごく活き活きとしているのも印象的。ツェレクちゃんとか。

蔵西:ツェレクね。

E:そう、ちょっとエッチでいいなって。すごくアクセントになっているなと思いました。

蔵西:そうですよね。彼女がいないと(男女をめぐる)物語がちょっときれいすぎるというか。物語の構成のバランスが巧みですね。

:活き活きとした描写と言えば、異なる文化的背景をもつ人たちが接触する時の対話が素晴らしいんですよね。この作品の一番よいところはなにかと聞かれたら、やっぱり対話だと思います。この本で一番注目してほしいと思ったところでもあります。

他者を拒絶するということを我々は今たくさん目にしていますが、この本で描かれていることはそれとは逆に、他者に興味を持って、理解はできないものの尊重はしようという態度でつきあっているさまが描かれている。それが崩れていくさまも克明に描かれていてるんですよね。

それが全部、対話で表現されているところが素晴らしい。

蔵西:一番印象的だったのは、クンガ・リンチェン僧院で最後の最後、タシ・ツェリンと緊迫した対話のシーン。そのあとケンポもみんな死んでしまう。あのシーンがものすごいドキドキして緊張しました。ここが一番書きたかったのかな、と思います。そこも対話ですよね。

:そうですね。ああした対話におけるタシ・ツェリンの口調を翻訳するとき、かなり気をつかいました。相手の立場も理解したいんだけど、なんとか自分の力で故郷を変えなければ、という使命も語らなければいけない。そうした葛藤がタシ・ツェリンの言葉に滲み出ていましたよね。

蔵西:あのシーンはきつかった……。星先生もこのシーン辛くて訳すの進まなかったっておっしゃってましたよね。

:50章ですね。そうそう、辛いシーンが延々と続くんですよね。翻訳も時間がかかりました。

E:我妻さんが印象に残ったシーンは? W:印象的なシーンは、指を切り落とすところでした。あれってどういうことなんですかね? 「義兄弟の契り」とは別のものなんでしょうか?

:あれは臆病じゃないってことを証明することですね。 「義兄弟の契り」は、狩りをしながらたどり着いたゴロクで、指に傷をつけて互いの血を混ぜるシーンに出てきます。

W:「義兄弟の契り」はどういうものなのでしょうか?

:よく(チベットの)小説にも出てきますよね。「お互い困った時に助け合う」「裏切らない」とかそういうことなんでしょうね。 ゴロクへの旅の章は、ちょうどいいインテルメッツォみたいな感じでよいですよね。

蔵西:なんかひと息ついたな、みたいな。

◆『月と金のシャングリラ』について

シャングリラ白

E:次に、『月と金のシャングリラ』(以下、『シャングリラ』)についてお話を伺います。

蔵西:はい。

W:僧院がテーマですね。なぜこのテーマで漫画を描こうと思われたんですか?

蔵西:単純に、僧院と僧が大好きで、すごく魅力を感じていたからです。この人たちの世界を描きたい!と思っていたけど、とても描けるわけがない、という気持ちもあったんです。だって、とうてい計り知れない世界を持っている人たちですから。なので、無理だと思っていました。

シャングリラ黒

担当編集さんと「次の漫画もチベットを舞台にするけど、どういう話にしよう?」と打ち合わせをしていた時、「もうそんなにチベット僧のことを描きたいなら描きましょうよ!」となり、描くことに。それにずっとチベットのことを描いていくのならば、この年代のこともいつかは描かなければいけない、避けては通れない、と思っていました。それであの年代の僧院といったらああいうストーリーができた、という感じです。

デビュー作の『流転のテルマ』はチベット問題に触れるのが怖くて、西チベットっていうのを強調して逃げたんです。自分では逃げたと思っていて居心地が悪かったんですね。今回はちゃんとチベット本土を描こうと思って。逃げずに僧のことも描こうと思って描いたのがこれです。

あと、担当編集さんが映画の『さらば、わが愛 覇王別姫』のファンで……。

M:やっぱりそうでしたか!

蔵西:ええわかっちゃった? 三浦さん。

M:だって私、『覇王別姫』大好きなんだもん!

蔵西:担当さんが、「『覇王別姫』チベット僧院版やりましょうよ」と。じゃあもうやるしかないかとなって。

M:でも『覇王別姫』まで話が進まなかったじゃないですか。

蔵西:まあまあ。

M:最後に捕まって片方を裏切って、となるのかな思ったんですよ。

蔵西:いやいやいや。一応、各キャラクターの一生のストーリーは作ってあるので描けるのは描けますが、蛇足も蛇足だから描かない。もしくは、同人誌でこっそり描こうかなと思っています。

E:今の『覇王別姫』の話をお聞きして、なるほどと腑に落ちました。やっぱり印象的なシーンはどこかと言われたら、チャムのシーンで。ドルジェの恍惚の表情に説得力があるというか。ダワもこの表情を見たらドルジェの絵を描きたいってなってしまいますよね。

蔵西:うふふ。

E:ここでダワが本当の気持ちに気づくっていう。すごくしっくりくる場面でした。

蔵西:漫画では常に、「切なさ」と「エロさ」を描きたいと思っています。 言い換えるとそれは「愛と諸行無常」なんです!

M:ドルジェの背中を見るダワの目ってひょっとして蔵西さんになってません?

蔵西:ええー、バレてましたか。

:それは私も思いました。蔵西さんが透けて見えるというか。

M:憑依してますもんね。

:漫画家の人と知り合いという状況がないのでわかりませんでしたが、一般的に、漫画の中には作者がいるっていうじゃないですか。そうなんだなあと実感をもって感じました。

蔵西:恥ずかしいです。

:いやでも、すごくよい意味でですよ。

蔵西:本当ですか? ありがとうございます。

:汗の描き方も素晴らしいなって。

蔵西:よく見てくださっている。一粒一粒に気持ちを込めてるんです。たぎる思いを。

E:他に、印象的なシーンはありますか?

W:私が印象に残っているのは、一巻でダワが「僕ここにいていいのかなあ」と悩んでしまうところと、ドルジェが親からの期待で押しつぶされそうになっているところです。そういう個人的な悩みにすごく共感しました。

そこでガワン先輩や周りの人からの「お前はもう充分頑張ってるよ、そのままでいいんだよ」という言葉をかけられるシーンに癒されました。

今のこの時代って、何者かにならなきゃいけないんじゃないか、あの人みたいにキラキラしていなくちゃ、と思っている人が多いと思うんですよね。私も思わず自分を重ねて、ああこのままでいいのかもなと思ったんです。

蔵西:ありがとうございます、読み取ってくださって嬉しいです。

前作の『流転のテルマ』も今回も、「そのまま受け入れる」ことと「執着」をサブテーマにしています。

この一巻の方ではそんなに性への目覚めがない頃で、小中学校くらいのわちゃわちゃした年代なりの悩みを描きたかったのです。

E:『シャングリラ』の好きなキャラの話もしましょうか。私は結構ペマが好きでした。ペマみたいな女の子に憧れてるので。

蔵西:ペマは数少ない女子キャラでした。やわやわした子ではなく、チベット人女性らしい強さのある子を出したくて。

E:キャラクターと別の話になりますが、漫画の風景の中で、蔵西さんは谷をたくさん描かれているじゃないですか。両側が山で谷がひらけていて、光が放射状に広がるような。あれがすごく好きで、あの場面を見ると開放感を感じます。

蔵西:えー、ありがとうございます。

チベットって本当に美しく素敵なところです。それを恥ずかしくないようにちゃんと描こうと思って描いているので、嬉しいです。ありがとう。

E:あと、漫画の中のリアリティーある描写は、どのように取材や情報収集をされているのでしょうか。

蔵西イラスト

蔵西:初めてチベットに行ったのが1987年で、それから通い始めました。その頃はまだ漫画は描いてなくて絵地図を描いてました。その資料のためにと言い訳して、がむしゃらに写真を撮りまくって、スケッチもたくさんしました。

その頃はフィルム時代で、すごく荷物がかさばったんです。なのにこんなに撮って、いったいなんの役に立つんだろうと思いながらもやってたんですけれど、今、漫画を描くのにすごく役に立っています。無駄なことはないんだなと。

E:一次資料を蓄積していたわけですね。

蔵西:そう。その時は訳もわからず撮っていたけど、今になると本当にお宝資料なんです。

イラスト:蔵西

本インタビューについて

2021年4月29日公開のSERNYAブログに掲載された同タイトルのテキストを転載したものです。
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