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チベットの物語を訳すことと描くこと (1)

タイトル

セルニャ編集部の海老原志穂です。

このたび、編集長の星泉と漫画家の蔵西さんを囲み、常日頃からお二人にいろいろお聞きしたいと思っていた海老原が、チベット文学翻訳修業中の我妻沙織とともにこのダブルインタビューを企画しました。

インタビューは2021年3月10日にオンラインで実施、当日は編集部の三浦順子も参加しています。本連載の挿画は蔵西さんに描いていただきました!

インタビュアーの3人

なお、インタビューの2日後に、蔵西さんの漫画『月と金のシャングリラ』が 第24回「文化庁メディア芸術祭 マンガ部門」の審査委員会推薦作品に選出されるという嬉しいニュースも舞い込んできました。蔵西さん、おめでとうございます!

それでは、インタビューなれそめ編からスタートです。

E:今日は、チベット語研究者の星泉先生と漫画家の蔵西さんにお話を聞こうとこのような会を企画させていただきました。

2020年は、チベットの現代史を扱った作品がつづけに刊行された記念すべき年でした。

漫画『月と金のシャングリラ』(以下、『シャングリラ』)の第一巻が2020年4月に、第2巻が2020年8月に刊行され、完結しましたね。その後、星先生が英語から翻訳された『白い鶴よ、翼を貸しておくれ』(以下、『白い鶴よ』)が2020年10月に出版されました。また、その後、東北チベット出身のナクツァン・ヌロの記録文学『ナクツァン』(棚瀬慈郎訳)が2020年11月に刊行されています。

お二人の作品があまりに間をおかずに刊行され、また、内容的にも共通点が多かったので、お話を聞きたいと思っていました。

お二人の作品には、チベット東部 (東チベット、東北チベット) が舞台であること、大きなスケールでチベット現代史が描かれていること、悲劇的なで きごとを乗り越え、人と人とのつながり、愛みたいなものが描かれていることなど、様々な共通点がありますね。

蔵西:愛!

E:愛ですね、つながりがテーマになっているという共通点もあるなと。

もともとお知り合いでもあり、ほぼ同時期にこのような作品を手がけられていたお二人ですが、まずはお二人の関係についてお聞かせいただけますでし ょうか?なかなか他のメディアでは知る機会も少ない話ですので。

W:そもそも、お二人はいつ頃知り合われたのですか?

:ちょっと調べてみたんですが、初コンタクトは2012年の5月9日だったようです。この時に蔵西さんが私のことを調べられたのかなあ。蔵西さん が私について何かしら発言して、それに私が反応した形跡が残ってました。

蔵西:えーとですねえ、いいですか、語っても。

一同:もちろん!

蔵西:私、もともと、三浦順子さんはチベット関係の本をたくさん出しておられてるので前々から存じあげていました。雲の上の存在でした。そんな中、2006年に『旅の指さし会話帳 チベット』を買って、そこに星先生と浅井万友美先生のお名前があり、こんなすごい人たちいるんだな、別世界の人だな、と思っていました。

そして、その頃、私はまだ漫画は描いていなくて、チベットに行っては絵地図を描いていたんです。絵地図ではチベットの文化、歴史は描けても、もっとチベットの人の物語を描きたくて。チベットの人の物語を描くには漫画がいいぞと気がついたんです。

その後、チベットの漫画を描き始めて、コミティアで出店したり、出版社に持ちこんだりしてたんですけれども。私がアップしていたその漫画とかを、ツイッターで、たぶん、星先生が気がついてくださったんですよね。

:そうかなあ、そうだったんですね。

蔵西:私にとっては、星先生は雲の人の上の一部。

:星だけに(笑)

蔵西:三浦さんとか星先生は雲の上の人なので、手の届かぬ人、と思ってたところで、お声をかけられたので、なにごと、と思いました。

一番最初はツイッターでフォローしてくださったんですよね、たしか。

:ふふふ。

蔵西:それで、そのあとに先生とお会いすることになったり。

あの、2012年に東京外国語大学のオープン・アカデミーで「チベット現代文学の世界へようこそ」が開講されましたでしょ。そういうのに出てたりして。

それで、おぼえてますよ。星先生と二人で、横浜のアフタヌーンティーで語りましたよね。

:ふふふ。そう、それがねえ、9月。

蔵西:9月かあ。

:9月21日に、私が深夜にね、蔵西さんに依頼を、DMを送っていたのもつきとめました。

蔵西:うふふ。さすが、先生すごい。

:10月に学会発表するんですけど絵を描いてもらえませんか、と言って蔵西さんを驚かせたんですよね。それが9月のことでした。

蔵西:そうそうそう。私、たぶん、その時、西チベットのスピティにいたんですよ。それで、びっくりしてしまって。なので、私としては、ほ、ほ んとうに、せ、先生から声かけていただいた!とか舞い上がっちゃって。

:いやいや。

蔵西:た、たいへん、だったのですよ。だって、アフタヌーンティーに会いに行く時に、その頃、頑張って、9センチのピンヒールはいてたんですけど、慌てたあまり、走って、マンホールの穴にかぽっと入っちゃて、転んじゃって。

:転んじゃったんですか?

蔵西:そう。もうこれは、幸先わるいんじゃないかとか思って、てことがありました。

:蔵西さんに描いてもらったイラストを使った発表スライド、これです!

日本チベット学会の発表スライドより

2012年のこの依頼がきっかけになって、蔵西さんをいろいろ巻き込んでいくことになるんですよね。2013年に『セルニャ』(『チベット文学と映画制作の現在 SERNYA』) の出版企画が立ち上がり。

蔵西:そそ。『セルニャ』、ですよね。

:表紙を描いてもらって。表紙以外にもいろいろ描いていただいて。ペマ・ツェテン監督が蔵西さんをおお気に入りで。

W:それでは、2012年の5月9日から、もう10年ほどのおつきあいになるんですね。

:そうですね、チベット文学研究会が世の中に打って出ていくタイミングと、蔵西さんとの出会いがリンクしているんですね。

蔵西:ありがたいです。

:文学と映画をひっくるめて盛り上げようという活動にすごくいい形でからんでくれたのが蔵西さんですね。蔵西さんなくしては、われわれの文学と映画の活動はここまで行かなかったんじゃないかな。

蔵西:そんなそんな、ありがとうございます。

E:そうですよね。『セルニャ』のvol. 1が2013年12月に刊行されているので、出会ってわりとすぐに、この表紙のイラストを描いてくださったので すね。

蔵西:いやー、だって、ペマ・ツェテン監督のDVDをくださって、これを見て、描かずにはいられませんでした。

:そうなんですよね。蔵西さんがめちゃめちゃ映画を見ている方だっていうことがわかって。じゃあ、もう一緒にやろうよっていうことになりま したよね。

W:こういう裏話的なお話、おうかがいしていてすごくおもしろいです。

:セルニャ創刊の話は1号の「金魚(セルニャ)は夜泳ぐ」という記事にまとめたんですが、蔵西さんとの話は書かなかったので、今日が蔵出しで すね。

W:そうなんですね。さっきの蔵西さんのピンヒールがマンホールにはまってしまったのも、蔵西さんのその時の心躍る心情を表しているというか、緊張もあったと思うんですが。

蔵西:緊張してましたよー。

:すごく盛り上がったんですよね。気づいたら4時間くらい経ってました。

蔵西:そう。私もこのチャンスのがすまじという思いでした。こんなこと二度とあるまいと。

:私としてはリラックスしてお話しできました。

蔵西:すみません、ほんとに。

あの、無理矢理、私の描いた同人誌をお渡ししたら、先生が二回も読んでくださって。恥ずかしくなっちゃって。

:ふふふ。その場で二回。

E:どのような内容の同人誌だったんですか、さしつかえなければ。

蔵西:西チベットの男女の恋愛もの。でも設定がぐちゃぐちゃだったんですよ。

:女の子がすごいかわいかったですね。

蔵西:絵師の卵の女の子の医者になりそこねた男の子の。先生、二回も読んでくださってありがとうございます!

:ふふ。自宅に帰ってもまた読みましたよ。

蔵西:えー、恥ずかしい。もう、黒歴史ともいえるような。そんなことがありました。

W:いろいろ聞かせていただきましたが、お二人はお互いをどんな存在だと思っていらっしゃるんですか?

蔵西:は、はい。前にも言ったことがあると思うんですが、星先生は私の恩人だと思っているんですよ。

チベットのことを描くことにすごく躊躇があって、私なんかがチベットの漫画を描いていいんだろうかという迷いがあったんです。そんな中で、先生が 連絡してくださり、いろいろ、イラスト描かせてくださったり。

チベットの漫画や絵はどうしても描かずにはいられなかったけれども、それゆえに、独りよがりで身勝手なものなのではないかとずっと恐れていました。出版社に持ち込みに行ってもボツばかりで、苦しかった。

それが、星先生が見出してくださったことで、世界とつながったし、喜びを得ました。これから何をしたらいいか、より良い方向を判断させて下さったというか…。

星先生が声をかけてくださらなかったら、今の私はないと思っているので。本当にありがたい。おおげさかと思うんですけど、本当に感謝してます。尊 敬してます。

:私からも言わせてください。私は蔵西さんと出会った頃、いろんな人と一緒に仕事をするという経験がまだ少なかったんです。翻訳会とかはしてましたけど、積極的に世に出して影響力のあるものに仕立てていくとか、今のようなスタンスにはぜんぜん達していなかった。

でも、そういうことは必要だな、と思っていたところに蔵西さんが現れて、翼をくれた気がします。

蔵西:わー。

:飛びたいとは思っているけど、どうしたら飛べるのかわからないという時に、前に進む力をくれたなと思ってます。

違う能力を持つ人たちが集まって力を合わせるおもしろさを味あわせてもらった気がします。『セルニャ』の編集部の人たちはみんなそう思っていると 思いますよ!

蔵西:ありがとうございます。

:蔵西さんなくしては始まらない。重要人物です。

蔵西:今、身をよじってるんですけど。

一同:笑

E:最初からぐっとくる話ですね。

蔵西:なんか、もう今日はこれで終わっていい気がする。

:シスターフッドの物語ですね。私と蔵西さんの。

W:すごいご縁。不思議なご縁の力で『セルニャ』なども生まれたんだなと、ファンとして思いました。

蔵西:ありがとうございます。

イラスト:蔵西

本インタビューについて

2021年4月17日公開のSERNYAブログに掲載された同タイトルのテキストを転載したものです。
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