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ここにも激しく躍動する生きた心臓がある

トンドゥプジャ

チベット文学研究会 訳

美しくも

麗しく

魅惑的な

天地開闢以来の

心そそられる歴史上の出来事

妙なる経論という佳人

忘れがたい知識の蔵

なんと多くのものが生じてきたのだろう

わが民族も血と肉という物質の集まりから成っているのは確か

明晰な意識と

誇りという生命力

心の働きである認識力

人という得がたい肉体に

意識が入って、夢幻の踊りを舞う

主体と客体

智慧と方便の二つに依ることで 清涼の国チベットに人家が生じたのではないか?

まこと、言葉もろくに扱えず、ものごとがよくわからぬうちから

われらがご先祖様は──

菩薩の猿とターラー菩薩の忿怒の化身である岩の羅刹女にまつわる

不可思議な、他の民族が考えつきもしなかった伝承説話をもっていた

その子孫が人里はなれた森の中で

広い草原で

荒野で、幽谷で、

着るものも木の葉だけですごした時代も確かにあった

しかし、それもまた歴史の証人

過去の出来事の記念

ああ、友よ

肉を喰らうだけで獣とはいえないし

顔の赫いものがみな猿ではない

遡ってみれば あかいかお

肉喰いの赫面 あかいかお のチベット軍として名を馳せて

その幡を空にかかげたこともあり

その武勲が──

聖国インドから

偉大なる中国の地

それ以外にも

ネパール

カシミール

シッキム

ブータンなどでも

雲間の雷鳴か

琵琶の妙なる音

はたまたガンダルヴァの歌や

サラスヴァティーの調べのように轟いていたことに、君は気づいているだろうか?

それでも

新しい考え方

新しい見解

新しい意見

新しい習慣──

これらを社会主義下にある有雪国にもたらすことは

犀の角

亀の毛

はたまた虚空の蓮華や

大地の虹を得るほど難しいことを、君は知っているのか?

そう

保守的なこの空を

けだるげに流れるは、因襲という雲

閃光がおずおずときらめいてみても

先進の恵みの雨を得られる機会は

一瞬だけ

それでも 民族の希望という熱気は確実に空にのぼり

チベットの誇りという青雲も、南の地から確かにたちのぼってくる

亡命した者も留まった者たちも立ちあがるだろう

絶望しないでほしい

若人たちよ

「世の人の声には智慧の眼がある」とはいうが

われらにはいにしえより真実の仏法があるのだから

落胆するにおよばない

傷つかないでほしい

ああ、友よ

雪の国の若人たちよ

新たなものを創りだす力がないのなら

公正や真理など戯言

因果の法則など空理空論

だが ぼくの目に映るのは──

幸福の甘露

ぼくの耳に今なお響きわたっているのは──

未来の生活

それは、ぼくの胸で激しく躍動する生きた心臓であり

それは、おそらく君たちの胸の中でも──

激しく躍動する

生きた心臓

であるにちがいない

一九八五年七月二十一日

本作品について

原題はའདི་ན་ཡང་དྲག་ཏུ་མཆོང་ལྡིང་བྱེད་བཞིན་པའི་སྙིང་གསོན་པོ་ཞིག་འདུག ('di na yang drag tu mchong lding byed bzhin pai snying gson po zhig 'dug)。1985年の作。『トンドゥプジャ著作集』第1巻(民族出版社、1997年)に収録されたものを底本として翻訳した。トンドゥプジャ『ここにも激しく躍動する生きた心臓がある』(チベット文学研究会編訳、勉誠出版、2012年)所収のものを出版社の許可を得て転載した。

トンドゥプジャ

1953年生まれ。チベット・アムド地方チェンザ(青海省黄南チベット族自治州尖扎県)出身。ラジオ局勤務、教職を経て、1981年に初めての作品集『曙光』を出版。仏教文化伝統の縛りが極めて強かったチベット文学に斬新な口語的表現を導入して、男女の感情の機微や普通の人々の心のうつろいを描き、チベット文学界に新風を巻き起こした。とりわけ中国という新体制下の社会を写実的に描いた小説をチベット語で書いた最初の作家である。1985年、32歳で自死。今なおその存在感は薄れることなく、チベット現代文学の祖として崇められている。1997年には『トンドゥプジャ著作集』(全6巻)が出版された。邦訳書に『ここにも激しく躍動する生きた心臓がある』(勉誠出版、2012年)がある。

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