SERNYA
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青春の滝

トンドゥプジャ

チベット文学研究会 訳

あお く澄んだ空

柔らかく暖かな陽

ひらけた広大な大地

目もあやな麗しい花々

荘厳にして峨峨 がが たる山容……

おお──

それよりも魅力的なのは

目の前の岩崖を

きらめきながら流れ落ちる滝

見るがよい

泡立つ奔流は白く けが れなく

光のしずくは孔雀の羽模様

鸚鵡 おうむ の翼

綾錦 あやにしき の文様

インドラの長弓とも呼ばれる虹……

聞くがよい

瀑布の音はすがすがしくも、心地よく

青春の歌はガンダルヴァの歌

ブラフマーの清浄な声

サラスヴァティーの調べ

郭公のさえずり……

おお── これはそこらのつまらぬ天然の滝ではない

その荘厳にして堂々たる佇まい

怖れを知らぬ心臓

臆することなき度胸

強靭な肉体

美しく、きわびやかな飾り

耳に心地よい歌……

これぞ──

雪の国チベットの若人の青春の滝

これぞ──

一九八〇年代のチベット民族の

進取の気性

闘争の姿にして

青春の歌

おお、滝の青春よ

青春の滝

おまえたちの怖れをしらぬ勇気

──萎縮することなき気骨

──衰えることのない威力

──これほどの無窮の力はどこから生まれたのだろうか?

まさに

春の三月 みつき には、空から降りそそぐ慈雨

夏の三月には、地より湧きいずる泉

秋の三月には、雹と霜の精

冬の三月には、雪の精

さらに

雪どけ水──山の潤水──岩清水──森の水──

沼の水──山水──渓谷の水──谷奥の水──谷の入口の水──

それはすなわち

吉祥の水

──妙なる水

──満願成就の水

──八つの功徳を備えた水

──完全無欠な水

流れはひとつでなく、百と八

その種類も何百万

まさに団結の水なので

断崖から流れおちることもできる

まさに結集の水なので

千尋の谷にも身を躍らせることができる

おまえには多彩な水を総べる勇気がある

広い心、強靭な肉体、赫々たる威容

慢心なく、驕りに汚されることないため

長く、力強く、流れ続ける

汚れを取り除き、滋養をとりこむ力がある

心身ともに清らかで、青春の輝きに満ちている

おお滝よ!

おまえは歴史の目撃者にして

未来の導き手

その濁りない水の一滴一滴に

雪の国チベットの興隆と衰退が刻み込まれている

輝くしぶきの粒子ひとつひとつに

清涼なる雪の国の繁栄と凋落が結集している

おまえなくして

どうして 声明 しょうみょう の剣を鍛えることができようか

おまえなくして

どうして 工巧明 くぎょうみょう 匕首 あいくち を研ぐことができようか

おまえなくして

どうして 医方明 いほうみょう の樹が成長することができようか

因明 いんみょう の花と 内明 ないみょう の果が成熟することもなかっただろう

もしかして──

おまえの水晶のような心もまた

歴史の きず

戦争という宿痾 しゅくあ

盲信という水泡と

保守主義のよどみをかかえているかもしれない

とはいえ

おまえの青春の威武と天賦の能力ゆえに

冬の三月の研ぎ澄まされた寒さによって

──心の氷の むろ に閉ざされることなく

荒々しい嵐の刃が、おまえの流れを

──何百回と襲おうとも、完全に切断されることなどありえない

何故ならば──

流れの源は雪とともにあり

流れは最後に大海に注ぎ込むからだ

おまえの長い歴史の流れは

ぼくたちに威厳と誇りを授け

おまえの時の流れの声は心地よく

僕たちを鼓舞し、力を授けてくれる

滝よ──聞こえるか?

雪の国チベットの青年たちの問いかけが聞こえるか?

詩学という駿馬が渇きに苦しめられていたら、どうすればよい?

韻律学という象が暑さに焼かれていたら、どうすればよい?

修辞学という獅子が慢心にとらわれたら、どうすればよい?

歌舞学という幼子が孤児として取り残されたなら、どうすればよい?

暦学という父からの遺産が手つかずのままなら、だれが管理すべきか?

科学という若人を婿に迎えるなら、どのように歓迎すべきなのか?

技術という乙女を嫁に迎えるなら、誰が夫となるのか?

然り──滝よ

おまえの柔らかく澄明な、心地の良い歌から生じた回答は

──岩に彫りこまれたように、僕たちの心に刻まれている

まこと

華々しい過去の栄光を今日に置き換えることも

昨日の塩水によって今日の喉の渇きが癒やされることもないのだから

見いだしがたい歴史の屍に

時代に相応しい生命力が入らなければ

進歩の脈動が打つことも

先進の血が巡ることもありえない

前進の歩みにいたっては、なおさら

おお、滝よ

きらきら揺れる波頭と

跳ね飛ぶしぶきは

ぼくたち

──雪の国チベットの新たな世代の力を表し

そして

さざめき、途切れることのない滝の水と

轟々たる水の音は

ぼくたち

──雪の国チベットの新たな世代の理想を表している

保守主義、小心、盲信、怠慢……

ぼくら新世代にはそんなものがつけいる隙はない

後進、野蛮、闇、反動……

ぼくら新世代にはそんなものが居座る場所はない

滝よ、滝

ぼくらの心は、おまえの歩みにあわせて躍動する

ぼくらの血も、おまえのうねりにあわせて流れる

未来の道が──

これまで以上に曲がりくねっていようと

ぼくら若人は恐れを感じている暇なぞない

おのが民族のため

新たな前進の道を確かに切り開くのだ

見るがよい!

隊になって整列しているのは、雪の国チベットの新しき世代だ

聞くがよい!

足並みのそろった靴音は、雪の国チベットの若人たちのもの

輝かしき大道

勇壮なる責務

幸福なる生活

闘いの歌

滝の青春はたそがれを知らず

青春の滝もまた衰えを知らない

これぞ──

雪の国チベットの若き世代の口からほとばしり出た青春の滝

これぞ──

雪の国チベットの若き世代の心からあふれ出た青春の滝

本作品について

原題はལང་ཚོའི་རྦབས་ཆུ། (lang tsho'i rbab chu)。『ダンチャル』1983年掲載。『トンドゥプジャ著作集』第1巻(民族出版社、1997年)に収録されたものを底本として翻訳した。トンドゥプジャ『ここにも激しく躍動する生きた心臓がある』(チベット文学研究会編訳、勉誠出版、2012年)所収のものを出版社の許可を得て転載した。

トンドゥプジャ

1953年生まれ。チベット・アムド地方チェンザ(青海省黄南チベット族自治州尖扎県)出身。ラジオ局勤務、教職を経て、1981年に初めての作品集『曙光』を出版。仏教文化伝統の縛りが極めて強かったチベット文学に斬新な口語的表現を導入して、男女の感情の機微や普通の人々の心のうつろいを描き、チベット文学界に新風を巻き起こした。とりわけ中国という新体制下の社会を写実的に描いた小説をチベット語で書いた最初の作家である。1985年、32歳で自死。今なおその存在感は薄れることなく、チベット現代文学の祖として崇められている。1997年には『トンドゥプジャ著作集』(全6巻)が出版された。邦訳書に『ここにも激しく躍動する生きた心臓がある』(勉誠出版、2012年)がある。

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