ストーリー1990年代末、チベット・アムド地方の片田舎での出来事である。中国人富裕層たちのあいだでチベットのマスチフ犬が富の象徴として高値で取引されるようになり、チベット高原にはマスチフ犬をもとめて仲買人たちが出没するようになっていた。本作品の主人公の一人である遊牧民の老人もまた、そんな高値で売れる老犬を飼っていた。父親の反対を承知で老マスチフ犬を高値で売り飛ばそうとする息子や、なんとか犬を買い取ろうとしてしつこく付きまとう仲買人、さらには家のまわりをうろつく犬泥棒などの様々な周囲からのプレッシャーにさらされつづけ、老人と犬には心の休まる時がない。ついに彼はある苦渋の決断を下すことになる。その決断とは……。
本作品はペマ・ツェテン監督の過去の作品とはいささかその趣を異にしている。例えば処女作である『静かなるマニ石』がチベットの山村の素朴な生活と少年僧の姿を温く肯定的なまなざしで描いたものだとすれば、本作品が描いているのは怒りや絶望、そして閉塞感といった、より暗く重苦しい感情だ。
近年中国の富裕層の間でマスチフ犬は富の象徴として高値で取引され、時に億を超える額で売買されることもある。本作ではそうした華やかな中国の大都市での人々の欲望が、遠く離れたチベット高原に容赦なく闖入していく様がリアリティをもって描かれている。作品は遊牧民の暮らす広々とした(しかし鉄条網によってばらばらに囲い込まれてしまった)草原と、薄汚れたほこりまみれの街を主人公たちが往還するかたちで展開する。犬は遊牧民の友だとして売り払うことを拒む老人の姿は、犬とともに暮らしてきた遊牧民の誇りを示すものであるかもしれないが、同時に経済発展から取り残されるチベットの片田舎の現実を端的に示すものとしてみることもできるだろう。なんとかして犬を高値で売ろうとする息子はこうした新しい潮流に乗りおくれまいとして努力はしているが、それでも安値で犬を買いたたかれてしまうなど、欲望に突き動かされる周囲の動きにはまるで適応できていない。
本作品は、チベットの片田舎を舞台にしているとはいえ、新しい時代のうねりがあちこちに感じ取れ、それに翻弄されている現代チベットの姿を描いたものといえる。薄汚れた街のシーンは常にくもり空であり、それはあたかもチベットの抱えるどんよりとした重苦しい現実を伝えようとしているかのようだ。どんな大金を積まれても犬を売ろうとしない老人のゆるがぬ意思は変わらぬチベットの伝統と誇りを示しているが、そのような思いは圧倒的な力をもってチベット高原に闖入してくる新たな価値観によって蹂躙されてしまう。作品のラストで老人が示した決断は異様なものであるが、それゆえにこそこうした状況においてなおも尊厳を守り抜こうとする老人の決意を印象深いものとしている。チベット本土に生まれ育ったペマ・ツェテンが、このように新たな価値観に翻弄されるチベットの現実を残酷なまでの明晰さで描いた本作は、チベット人自身の手による社会派映画の嚆矢としても深い意義を持つ、見ごたえのある一篇といえよう。
2011年の東京フィルメックス国際映画祭で最優秀作品賞を受賞し、話題になった。2012年ブルックリン国際映画祭で最優秀物語賞を受賞している。
などを受賞の他、台北映画祭、ミュンヘン国際映画祭、ロンドン映画祭、バンクーバー国際映画祭などに出品
本記事は、2013年12月1日刊行のSERNYA vol.1に掲載された記事を転載したものです。