しかばねと旅する主人公に課されたのは、しかばねが語るお話がどんなにおもしろくても、口をきいてはいけないということ……。チベットの人々に長く愛されてきた『しかばねの物語』を、親しみやすい日本語訳とさし絵で味わえる1冊です。
『しかばねの物語』は、チベットの現代文学の担い手たちにとっても、幼い頃に初めて出会った物語の一つで、創作の活動の源泉とも言えるような重要な存在のようです。小説や詩の中に『しかばねの物語』のモチーフやことわざが使われることもあります。
その最たるものは『チベット幻想奇譚』(春陽堂書店)に収録されたペマ・ツェテンの「屍鬼物語・銃」という作品でしょう。この作品では、しかばねの語るお話を「昔話」ではなく「未来話」にして現代社会への皮肉を利かせているのが特徴です。他にも『絶縁』(小学館)に収録されているラシャムジャの「穴の中には雪蓮花が咲いている」には、亡くなった幼なじみとの共通の思い出として『しかばねの物語』が出てきます。
『しかばねの物語』の世界を知ると、チベットの現代文学をさらに楽しめますので、このサイトを見てくださっている大人の方もぜひ手にとってみてください。
『セルニャ』でおなじみの蔵西さんが描いてくだった美しい挿絵にはぜひご注目ください。お話によってタッチの異なる挿絵は、大胆な構図も楽しく、なじみのない土地のお話を楽しむための最高の相棒になってくれると思います。
児童書制作の世界は知らないことばかりでしたが、とても緻密な計算の上につくられているのだと知りました。語り聞かせることを前提としたようなシンプルなチベット語で書かれたお話を、日本の小学生が読んでもわかるような日本語に翻訳するのは、簡単ではありませんでしたが、児童書の専門家と一緒にじっくり考えながらつくっていったことで、親しみやすい本に仕上げることができました。
この物語の背景を知っていただけるように解説もたっぷり書きましたので、ぜひあわせてお読みください。(星泉)