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桜島から生まれた物語

星泉

7月24日の夜、「桜島で爆発的な噴火、警戒レベル5に引き上げ」というニュース速報が流れた。私は思わずスマホに手を伸ばし、いつも連絡用に使っているチャットで、チベット人作家ラシャムジャに噴火のことを知らせた。噴出する真っ赤な溶岩が夜空にたくさんの弧を描いている写真も添えて。「美しいね」すぐさま返信が届いた。

桜島とチベット人作家。意外な組み合わせと思われるだろうが、彼は2018年に来日した際、この島を訪れたことがある。彼の作品の翻訳者である私もこの旅に同行していた。

おしゃべりをしながら島内を散策し、ミニ博物館で桜島の歴史や火山について学び、足湯を楽しんだあと、今度は遠くから火山を眺めようと、船で市内に戻り、城山に向かった。麓にたどりついたときだった。神妙な顔で「物語の構想が浮かんできた」という作家。おっとこれはひとりにしてあげないと。山頂でしばらく待っていると、作家はやがて満面の笑みで現れて、「できたよ」と言った。

翌日、鹿児島を離れるときに筋を話してくれてわかったのだが、桜島散策中に、すでに物語の断片が浮かんでいたらしい。そういえば、火山を横目に、家庭内で会話がない夫婦のしんどさについての話やら、冗談のひとつも交わせない人間関係はどうたらこうたらと話していたあれはもしや……。

私はせっかく桜島に来てるのになんでこんな話をしてるのかしらと思いながらおしゃべりに付き合っていたのだが、作家の頭の中には物語の種が芽吹いており、私は知らないうちに水やりのお手伝いをしていたのだった。 その後、物語は徐々に枝葉を茂らせていき、チベットの人びとが味わってきた、苦難の現代史までが透けて見えるような、スケールの大きい見事な短編小説に仕上がった。

その名も「遥かなるサクラジマ」、恋人と別れて傷心の在日チベット人女性が、来し方に思いを馳せながら、新幹線を乗り継ぎ、東京から鹿児島に向かうロード・ノベルだ。

主人公はネパール生まれの亡命二世、両親とともにカナダに移住するが、両親は離婚。母親とともに日本にやってきた彼女は、親の勧めで日本人と結婚するも、会話のない冷えきった夫婦関係に耐えられず別居する。

我慢を強いられる人生で、思いの丈を素直に口にできない彼女だったが、あるチベット人留学生と恋に落ちたことで、変わっていく。青年は、軽口を叩いては彼女を笑わせ、時には故郷の歌を歌い、彼女を太陽のような温かさで包む。あるとき火山が好きだという彼は、彼女にこう言う。「人間だってさ、火山みたいに噴火した方がいいと思うんだ」と。

新幹線の中でこの言葉を思い返すとき、隣に彼の姿はないが、このひと言が、彼女の人生を支えていく──。(邦訳短編集『路上の陽光』所収)

噴煙を上げる火山を見て、鬱屈した心の開放をイメージした作家は、異国で茨の道を歩む女性の再生を願う物語を生み出したのである。

この作品は2020年に人気文芸誌に発表された。チベットでも増えている、生きづらさを抱える若者たちに寄り添い、彼らを励ます作品として、読み継がれていくことだろう。

桜島とラシャムジャ氏
桜島とラシャムジャ氏(撮影:星泉)

本エッセイについて

2022年9月18日の西日本新聞日曜版「随筆喫茶」欄に掲載されたものです。
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